逸話一覧
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- 〈伊達輝宗〉義姫が隻眼の政宗を疎んじた
- 〈伊達輝宗〉粟之巣の変事 — 「政宗が父もろとも撃った」説
- 〈伊達輝宗〉萬人子守地蔵尊「輝宗公下馬」
- 〈佐竹義宣〉常陸の美人を根こそぎ秋田へ連れて行った
- 〈佐竹義宣〉飛脚狐「与次郎」を召し抱えた
- 〈武田信虎〉妊婦の腹を裂いて胎児を見た
- 〈武田信虎〉可愛がっていた猿を殺した家臣を手打ちに
- 〈武田信虎〉追放後は惨めな流人だった
- 〈武田信虎〉今川氏真の排除を勧めて駿河を追われた
- 〈尼子経久〉元旦の月山富田城奇襲奪回(鉢屋衆の千秋万歳)
- 〈尼子経久〉「一夜で西伯耆を平定」(大永の五月崩れ)
- 〈尼子経久〉主家の幼主・吉童子丸を殺して出雲を乗っ取った
- 〈尼子経久〉臨終の遺言「国人を軽んじるな、元就を侮るな」
- 〈尼子経久〉名言「謀多きは勝ち、少なきは負け候」
- 〈尼子経久〉倹約家の逸話(瓜の皮)
- 〈尼子晴久〉郡山城攻めは「経久の反対を押し切った」無謀な出兵
- 〈尼子晴久〉大叔父・久幸を「臆病野州」と罵った
- 〈尼子晴久〉新宮党粛清は毛利元就の謀略 — vs 晴久主体説
- 〈尼子晴久〉「祖父に劣る凡将」だった
- 〈尼子晴久〉父・政久は笛の音を頼りに狙撃された
- 〈尼子晴久〉元就は晴久の死を惜しみ「一度でいいから旗本同士で戦いたかった」と語った
- 〈山中鹿介〉三日月への祈願「願わくば我に七難八苦を与え給え」
- 〈山中鹿介〉少年期の武勇譚(8歳で敵討ち・16歳で菊池音八討ち)
- 〈宇喜多直家〉島村盛実暗殺 — 「祖父の仇討ち」
- 〈宇喜多直家〉娘婿・後藤勝基をまた謀殺
- 〈宇喜多直家〉弟・忠家「兄に会うときは鎖帷子」
- 〈宇喜多直家〉「梟雄」「戦国三大梟雄」
- 〈宇喜多秀家〉宇喜多騒動は「キリシタン対日蓮宗」の宗教対立
- 〈宇喜多秀家〉小早川秀秋への「突撃未遂」
- 〈宇喜多秀家〉前田家からの「10万石で大名復帰」を断った
- 〈宇喜多秀家〉島の困窮生活 — 握り飯の土産と恵まれた酒
- 〈小早川秀秋〉蔚山城で軽率な先駆けをして叱られた
- 〈小早川秀秋〉正午まで迷い、問鉄砲で決心した
- 〈小早川秀秋〉西軍は関白職と2か国加増を約束した
- 〈小早川秀秋〉21歳の急死は大谷吉継の祟り
- 〈大谷吉継〉茶碗回し——三成が膿の落ちた茶を飲み干した
- 〈大谷吉継〉白頭巾で顔を覆っていた
- 〈大谷吉継〉秀吉の「百万の軍勢を指揮させてみたい」評
- 〈大谷吉継〉小早川秀秋への呪詛「三年の内に祟りをなさん」
- 〈大谷吉継〉松の実の夢告で生まれ、剣豪・伊東一刀斎に学んだ
- 〈宇佐美定満〉謙信の軍師・宇佐美定行だった
- 〈宇佐美定満〉「定行」という名前そのもの
- 〈宇佐美定満〉米山合戦で長尾晴景を敗死させた
- 〈宇佐美定満〉川中島で車懸りの陣を考案した
- 〈宇佐美定満〉「定行の遺書」と勝行流浪譚
- 〈宇佐美定満〉宇佐美定祐は定満の曾孫
- 〈甘粕景持〉千曲川で武田別動隊1万2千を1千で防ぎ、大長刀を振るった
- 〈甘粕景持〉「上杉四天王」「越後十七将」の一人
- 〈甘粕景持〉「車懸りの陣」の一翼を担った
- 〈甘粕景持〉天文16年(1547)、三日で「三日城」を築いた
- 〈甘粕景持〉米子不動尊に謙信戦勝祈願の不動明王像を安置した
- 〈原虎胤〉「鬼美濃」「夜叉美濃」と呼ばれた
- 〈原虎胤〉信虎追放に猛抗議した
- 〈原虎胤〉負傷した敵兵を背負って敵陣へ届けた
- 〈原虎胤〉農民を武装させた「擬兵」の計(1538)
- 〈山県昌景〉遺言「明日は瀬田に旗を立てよ」
- 〈山県昌景〉「山県が来るぞ」と徳川兵が震えた
- 〈山県昌景〉身長130cmの小男だった
- 〈山県昌景〉川中島で鬼小島弥太郎と一騎討ち
- 〈山県昌景〉「いつも初陣のように」の強さ問答
- 〈山県昌景〉平湯温泉を白猿に導かれて発見した
- 〈内藤昌豊〉「信玄から感状を一度も貰わなかった」
- 〈内藤昌豊〉「古典厩に劣らぬ真の副将」評
- 〈内藤昌豊〉父・虎豊は諫言で誅殺され、遺児は流浪した
- 〈内藤昌豊〉「武田四天王」の一人
- 〈内藤昌豊〉「喧嘩両成敗は腰抜けの法だ」発言
- 〈内藤昌豊〉川中島で妻女山別働隊の大将を務めた
- 〈真田信之〉小松姫、舅・昌幸の沼田城入城を拒む
- 〈真田信之〉松代転封は「左遷」で、怒って書類を焼いた
- 〈真田信之〉小松姫や信之の幽霊が出る
- 〈徳川秀忠〉上田城攻めで「大敗」した
- 〈徳川秀忠〉後継者選定会議で家康が家臣に意見を求めた
- 〈徳川秀忠〉恐妻家で、お静と隠し子を隠し通した
- 〈徳川秀忠〉宇都宮城の釣天井で秀忠暗殺が企てられた
- 〈徳川秀忠〉お江が忠長を溺愛し、家光廃嫡を望んだ
- 〈徳川秀忠〉牛が乱入しても、地震が来ても動じなかった
- 〈徳川秀忠〉鰻獲りを磔にし、忠興の愛刀を取り上げた
- 〈徳川家光〉春日局の駿府直訴
- 〈徳川家光〉参勤交代は大名を貧乏にさせる策
- 〈徳川家光〉目黒の寺で弟・保科正之の存在を知った
- 〈徳川家光〉「たくあん漬け」は家光の命名
- 〈片倉景綱〉政宗の飛び出した右目をえぐり取った
- 〈片倉景綱〉人取橋で「政宗ここにあり」と身代わりになった
- 〈片倉景綱〉わが子を殺そうとした
- 〈片倉重長〉真田信繁が戦場で娘・阿梅を重長に託した
- 〈片倉重長〉生まれたとき父に殺されかけ、政宗の書状で救われた
- 〈片倉重長〉政宗と衆道の関係にあった
- 〈鬼庭綱元〉香の前拝領・その1 — 賭け碁で秀吉から勝ち取った
- 〈鬼庭綱元〉秀吉が長寿の秘訣を尋ねた —「石見湯」
- 〈原田宗時〉「政宗がけんか両成敗の裁定を下した」
- 〈原田宗時〉巨漢の豪傑だった
- 〈原田宗時〉追悼歌「唐島や…」を詠んだ
- 〈原田宗時〉「伊達者」の語源に一役買った
- 〈成田長親〉領民から「のぼう様」と呼ばれていた
- 〈成田長親〉田楽踊りで敵を挑発した
- 〈成田甲斐〉忍城で武装して出撃した
- 〈成田甲斐〉敵将・三宅高繁を討ち取った
- 〈成田甲斐〉浜田兄弟の反乱を鎮圧した
- 〈成田甲斐〉笄堀(こうがいぼり)を一夜で築いた
- 〈成田甲斐〉「東国無双の美人」だった