〈成田甲斐〉浜田兄弟の反乱を鎮圧した

会津で謀反人を馬上で斬り、薙刀で生け捕ったとする逸話。初出は通俗読本『真書太閤記』(1772–81年頃)で『成田記』にも見える。浜田兄弟の名は蒲生氏・成田氏の分限帳に確認できず、舞台の「福井城」も会津に存在しない。側室入りを劇的に説明するための挿話とみられる。成田一族の会津下向自体は諸説として蓋然性がある。

関連