〈真田信之〉小松姫、舅・昌幸の沼田城入城を拒む
武装して城門に立ち「舅といえども今は敵味方」と拒み、のち正覚寺で孫を対面させた——という名場面は同時代史料に見えず、初出は17世紀末成立の軍記『加沢記』など後世の編纂物。人名表記の揺れもあり、研究者の評価も分かれる。「留守居の妻が敵となった舅を警戒した」程度の原型はあり得るが、詳細な台詞は良妻賢母像を強調する脚色とみるべきである。
武装して城門に立ち「舅といえども今は敵味方」と拒み、のち正覚寺で孫を対面させた——という名場面は同時代史料に見えず、初出は17世紀末成立の軍記『加沢記』など後世の編纂物。人名表記の揺れもあり、研究者の評価も分かれる。「留守居の妻が敵となった舅を警戒した」程度の原型はあり得るが、詳細な台詞は良妻賢母像を強調する脚色とみるべきである。