〈宇喜多直家〉「梟雄」「戦国三大梟雄」

直家を「悪人」と明記した早い例は小瀬甫庵『太閤記』(1620年代)で、道三・久秀と並ぶ悪人と断じた。以後『和気絹』『陰徳記』『常山紀談』『備前軍記』が暗殺譚を集積して像が定着。近年の研究は、実在しない「浦上宗辰」暗殺の捏造例まで指摘しており、「梟雄」というレッテル自体が二次史料の産物である。

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