〈尼子経久〉元旦の月山富田城奇襲奪回(鉢屋衆の千秋万歳)

追放された経久が鉢屋衆70人と正月の祝賀舞に紛れて城内へ潜入、放火して一夜で城を奪回した——初出は事件から約100年後の『雲陽軍実記』で、一次史料の裏付けはない。近年の研究では経久はそもそも追放されておらず、罷免後も出雲在国のまま権力を保持(1488年に三沢氏を攻撃)。劇的な奪回劇は軍記の脚色の可能性が高い。

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