逸話一覧
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- 〈河田長親〉魚津城で戦死した/魚津城の戦いを戦った
- 〈色部勝長〉感状は血に染まっている?
- 〈色部勝長〉武田の赤備え・飯富虎昌隊を敗走させた
- 〈北条高広〉「家中一の粗忽者」で謙信も気を揉んだ
- 〈北条高広〉沼田顕泰父子を会津へ追放した
- 〈滝川益重〉前野長康の家臣(与力)だった
- 〈河尻秀隆〉武田信勝を介錯した
- 〈河尻秀隆〉恵林寺焼き討ちを実行した
- 〈河尻秀隆〉遺体を逆さに埋められた(河尻塚・さかさ塚伝承)
- 〈河尻秀隆〉桶狭間で今川義元を討ち取ったのは秀隆だった
- 〈石川数正〉竹馬の「一本の足は数正、もう一本は忠次」
- 〈石川数正〉於大の方遺恨説
- 〈石川数正〉家康密命の内通偽装説(スパイ説)
- 〈石川数正〉家康に「新しい松本城を見に来られたし」と書状を送った
- 〈榊原康政〉初陣で「仏罰は俺が引き受ける」
- 〈榊原康政〉秀吉が懸賞を撤回し「天晴れ」と賞して官位を斡旋
- 〈榊原康政〉生涯かすり傷ひとつ負わなかった
- 〈榊原康政〉死因は毛虫の毒だった
- 〈井伊直政〉検証2 鷹狩での運命の出会い
- 〈井伊直政〉検証9 直政を撃ったのは柏木源藤
- 〈井伊直政〉検証12 「高崎」の名付け親
- 〈井伊直政〉検証13 本多忠勝への意趣返し
- 〈松平忠吉〉秀忠政権のための毒殺説
- 〈松平忠吉〉家康が自ら傷を手当てした
- 〈松平忠吉〉組討で敵将級の首を挙げた
- 〈結城秀康〉幼名「於義丸」は魚のギギに似ていたから
- 〈結城秀康〉家康が重臣会議で後継者を選んだ「家督争い」
- 〈結城秀康〉上杉景勝と上座を譲り合った
- 〈結城秀康〉碓氷峠の関守を叱った「制外の家」逸話
- 〈結城秀康〉伏見の馬場での無礼討ちを秀吉が賞した
- 〈結城秀康〉出雲阿国に「天下一の男になれなかった」と漏らした
- 〈松平信康〉築山殿の武田内通と唐人医師・減敬
- 〈松平信康〉服部半蔵は介錯できなかった
- 〈松平信康〉領民射殺・僧侶引きずり殺しの乱行譚
- 〈松平信康〉関ヶ原で「せがれがいれば」と嘆いた
- 〈平岩親吉〉毒饅頭伝説 — 二条城会見と秀頼毒殺未遂
- 〈平岩親吉〉軍記『三河後風土記』の著者である
- 〈大久保忠世〉白布の橋で敵を誘い落とした(布橋伝説)
- 〈大久保忠世〉介錯できなかった半蔵 — 最期の劇的な細部
- 〈大久保忠世〉毎月七日間の断食を欠かさなかった
- 〈大久保忠隣〉後継者会議でただ一人秀忠を推した
- 〈大久保忠隣〉家康は晩年、忠隣の改易を後悔した
- 〈酒井忠次〉家康の「お前も子が可愛いか」
- 〈酒井忠次〉「酒井の太鼓」 — 三方ヶ原の空城計
- 〈本多正信〉治国論『本佐録』の著者である
- 〈本多正信〉遺言「政を三年は変えるな」
- 〈本多正信〉本多忠勝が「同じ本多と思うな」と嫌った
- 〈本多正信〉家康の怒りを一言で解いた
- 〈本多正純〉【層(a)】釣天井による秀忠暗殺計画
- 〈本多正純〉民話「つり天井」——大工と庄屋の娘
- 〈本多正純〉辞世とされる「うめもどき」の歌
- 〈服部半蔵〉服部半蔵は忍者だった
- 〈服部半蔵〉家康の評「さすがの鬼も主君の子は斬れぬか」
- 〈服部半蔵〉「半象門」説 — 象が半分しかくぐれなかった
- 〈服部半蔵〉忍者イメージの成立過程
- 〈服部正重〉「改易後は越後三藩を流浪した」は誤り
- 〈服部正重〉能楽師・大蔵庄左衛門と同一人物だった説
- 〈服部正重〉「松尾芭蕉は服部半蔵だった」説と正重
- 〈服部正重〉佐渡・両津湊の屋敷と「村雨の松」
- 〈成瀬正成〉スカウトは小牧・長久手の合戦中だった
- 〈成瀬正成〉「家康の遺命」で日光に葬られた
- 〈成瀬正成〉死の床で「日光へ行く」と言って聞かなかった
- 〈成瀬正成〉「木曽の山川共に拝領」— 聞こえないふりの頓知
- 〈成瀬正成〉家康と「同じ日に生まれ、同じ日に死んだ」君臣
- 〈奥平信昌〉大坂冬の陣「馬を売れ」の先見
- 〈奥平信昌〉籠城兵は「たにし」で飢えを凌いだ
- 〈菅沼定盈〉笛の音に誘われた信玄狙撃伝説
- 〈菅沼定盈〉狙撃に使われたと伝わる「信玄砲」
- 〈菅沼定盈〉笛の名手・村松芳休と「笛聞場」
- 〈石川家成〉武田軍は掛川城の堅固さを見て攻撃を避けた
- 〈青山忠成〉「馬で一息に駆けた範囲を与える」馬駆け譚
- 〈青山忠成〉替地打診を断った「御威光でこの地も栄えましょう」
- 〈青山忠俊〉家光の化粧を見て鏡を庭石に叩きつけて割った
- 〈青山忠俊〉家光が宗俊に「忠俊を罰したことを深く後悔している」と語った
- 〈青山忠俊〉「青山に過ぎたるものが二つあり」の評判
- 〈阿茶局〉単身、駕籠で大坂城に乗り込み説得した
- 〈阿茶局〉上徳寺の世継地蔵に祈れば世継ぎを授かる
- 〈阿茶局〉甲冑姿で戦場を駆けた女武者だった
- 〈阿茶局〉「茶阿局」と同一人物である
- 〈築山殿〉唐人医師・減敬との密通
- 〈築山殿〉嫉妬深い悪女譚(側室虐待など)
- 〈築山殿〉太刀洗の池
- 〈山本勘助〉啄木鳥戦法を献策した
- 〈山本勘助〉隻眼・跛足・色黒の異形だった
- 〈山本勘助〉今川に拒まれ、信玄に破格の待遇で迎えられた
- 〈山本勘助〉海津城(松代城)を縄張りした
- 〈山本勘助〉「摩利支天の再来」と呼ばれた
- 〈山本勘助〉由布姫(諏訪御料人)を守り、三条夫人と対立した
- 〈山本勘助〉首と胴を合わせた「胴合橋」
- 〈高坂昌信(春日虎綱)〉「逃げ弾正」と呼ばれた
- 〈高坂昌信(春日虎綱)〉「戦国三弾正」の一人
- 〈高坂昌信(春日虎綱)〉第四次川中島 — 妻女山別働隊の大将
- 〈高坂昌信(春日虎綱)〉三方ヶ原でも撤退を進言した慎重居士
- 〈戸田勝成〉家康が首実検で礼を尽くした
- 〈戸田勝成〉「将たる者の首を取るには法がある」の一喝
- 〈戸田勝成〉村正の槍 — 家康、勝成を討った槍で指を負傷
- 〈戸田勝成〉信長から朱旄を許された「卅六飛将」
- 〈戸田勝成〉「徳川家家臣」だった?
- 〈山路正国〉密書が発覚し、残した老母・妻子7人は処刑された
- 〈山路正国〉「裏切り者」か「義理を貫いた男」か