〈榊原康政〉秀吉が懸賞を撤回し「天晴れ」と賞して官位を斡旋

和睦後に対面した秀吉が「主君への忠義ゆえのこと」と笑って許し、式部大輔叙任を自ら斡旋したという後日譚。檄文逸話とセットで『武徳編年集成』系統の編纂物に見える。叙任(1586)自体は事実だが、豊臣政権下の徳川重臣への叙任は一般的な家臣懐柔策であり、「敵の器量を認める秀吉」という定型の英雄譚に康政を当てはめた可能性が高い。

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