〈成瀬正成〉家康と「同じ日に生まれ、同じ日に死んだ」君臣

墓誌銘は君臣のめぐり逢いの奇跡としてこれを讃えるが、正成の誕生日は他史料で確認できず、忌日も家康4月17日・正成1月17日で「同じ17日」にすぎない。堀杏庵が中国王朝の君臣論に重ねた顕彰レトリックである。ただし没年当時の碑文が君臣一体をここまで強調したこと自体が、同時代的評価を示す好史料といえる。

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