〈山本勘助〉海津城(松代城)を縄張りした

初出は『甲陽軍鑑』。天文22年(1553年)頃、対上杉の最前線として海津城を縄張りし、城将春日虎綱(高坂昌信)が「兵法の極意が尽くされている」と賞賛したという伝承。高遠城・小諸城の改修関与も同書由来で、いずれも同時代史料になく、現存遺構は後世の大改修を経ている。ただし地元長野では今も「勘助縄張りの城」として親しまれ、受容史としては重要である。

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