〈築山殿〉太刀洗の池
築山殿を斬った家臣が血の付いた太刀を洗ったことから名が付いたと伝わる(現・浜松市中央区、浜松医療センター付近)。近世以来の地元伝承で事実の証明は不可能だが、最期の地(小藪村)に近接し、事件の記憶を土地に刻んだ史跡として価値がある。池は埋め立てられ、現在は標柱・説明板が立つ。
築山殿を斬った家臣が血の付いた太刀を洗ったことから名が付いたと伝わる(現・浜松市中央区、浜松医療センター付近)。近世以来の地元伝承で事実の証明は不可能だが、最期の地(小藪村)に近接し、事件の記憶を土地に刻んだ史跡として価値がある。池は埋め立てられ、現在は標柱・説明板が立つ。