太田資正

おおた すけまさ 1522〜1591

扇谷上杉氏家臣・太田資頼の次男。河越夜戦での主家滅亡後も反北条の旗を降ろさず、上杉謙信の越山に呼応して関東反北条勢力の結節点となった。嫡男・氏資のクーデターで岩付城を追われた後は佐竹義重の客将として常陸片野城に拠り、天正19年(1591)、北条氏滅亡の翌年に同地で病死した。

ゆかりのお城

太田資正の逸話