〈太田資正〉三楽犬・第1層 — 「犬の入替え」は実際に行われた

最も信頼できる典拠は三男・太田資武が越前で記した「太田資武状」。永禄5〜6年の松山城攻防に触れ、「岩付の犬を松山に預け置き、松山の犬を岩付に繋ぎ置いたのはこの時のことだ」と当事者の子が事実として記す。犬の帰巣本能を使った岩付—松山間の連絡は実際に行われたと考えてよい。

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