〈太田資正〉沼尻の合戦と次男・政景の離反(1584)

沼尻での長期対陣の最中、次男・梶原政景が北条氏に通じて離反した。10月に降伏し長年の功から不問とされたが、資正はこれを機に後継者を三男・資武へ変更。嫡男に続き次男にも背かれた——父子二代の離反劇はいずれも文書で裏付けられる史実である。

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