〈太田資正〉「七十九戦・一番槍二十三回」と直江兼続の賞賛

「生涯79度の合戦で一番槍23回・組打34回」の武勇記録や「近在一の弓の名手」評は『太田家記』等の家伝・江戸期編纂物に由来し、同時代史料では確認できない。直江兼続が「謙信と太田三楽に及ぶ名将はない」と評したという話も出典は江戸期逸話集。ただし謙信・信玄双方が取次を依頼した事実は、資正が敵味方から重く見られていたことを裏付ける。

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