〈太田資正〉秀吉への謁見と「岩付返還の約束」
天正18年(1590)の小田原参陣と秀吉への謁見は認められる。新井浩文の研究によれば、資正は本能寺の変以前から織田政権(滝川一益)との接触を図り、「武州本意」=岩付復帰を高野山宛書状で繰り返し願っていた。だが「秀吉が献策を賞して岩付返還を約束した」という話は良質な史料では確認できない。
天正18年(1590)の小田原参陣と秀吉への謁見は認められる。新井浩文の研究によれば、資正は本能寺の変以前から織田政権(滝川一益)との接触を図り、「武州本意」=岩付復帰を高野山宛書状で繰り返し願っていた。だが「秀吉が献策を賞して岩付返還を約束した」という話は良質な史料では確認できない。