色部勝長
いろべ かつなが ?〜1569
越後国小泉庄平林(現・新潟県村上市)の平林城主。阿賀野川以北に割拠した国人領主群「揚北衆(あがきたしゅう)」の有力者として、長尾為景・晴景・景虎(上杉謙信)の三代と渡り合い、第四次川中島の戦いで俗にいう「血染めの感状」を拝領。本庄繁長の乱の鎮圧中、村上城包囲の陣中で没した。
ゆかりのお城
色部勝長の逸話
- 〈色部勝長〉「血染めの感状」を謙信から拝領した
- 〈色部勝長〉謙信の出陣要請を一度断った
- 〈色部勝長〉旗紋相論 — 「白地に日の丸」の旗をめぐり訴えた
- 〈色部勝長〉本庄家中の内紛を12年にわたり調停した
- 〈色部勝長〉死後、謙信が色部氏の序列を本庄氏より上位にした
- 〈色部勝長〉為景を引退に追い込んだ上条の乱の一翼
- 〈色部勝長〉川中島で柿崎景家の危機を救った
- 〈色部勝長〉村上城包囲の陣中、本庄繁長の夜襲で討死した
- 〈色部勝長〉謙信が血判起請文で「一生の忠信」を誓った相手
- 〈色部勝長〉「色部氏年中行事」に描かれた平林城の正月
- 〈色部勝長〉生年は明応2年(1493)、没時は70代の老将だった
- 〈色部勝長〉感状は血に染まっている?
- 〈色部勝長〉武田の赤備え・飯富虎昌隊を敗走させた