柿崎景家
かきざき かげいえ 1513〜1574
越後国頸城郡柿崎の国人・柿崎氏に生まれ、長尾為景・晴景・景虎(上杉謙信)の三代に仕えた。先手組の大将として上杉軍の「矛」を担ったと伝わる一方、斎藤朝信と共に奉行を務め、越相同盟の交渉にも尽力した文武の重臣である。最期は病死説・誅殺説・処刑説が並立し、確定しない。
かきざき かげいえ 1513〜1574
越後国頸城郡柿崎の国人・柿崎氏に生まれ、長尾為景・晴景・景虎(上杉謙信)の三代に仕えた。先手組の大将として上杉軍の「矛」を担ったと伝わる一方、斎藤朝信と共に奉行を務め、越相同盟の交渉にも尽力した文武の重臣である。最期は病死説・誅殺説・処刑説が並立し、確定しない。