教如

きょうにょ 1558〜1614

本願寺第11世宗主・顕如の長男。石山合戦で講和に反対して籠城を続け(大坂拘様)、父に義絶される。赦免後に本願寺第12代を継承するが秀吉の命で退隠。慶長7年(1602)、家康から京都七条烏丸に寺地の寄進を受けて東本願寺を分立し、本願寺は東西に分かれた。真宗大谷派では第12代門主と数える。

教如の逸話