〈教如〉東国・美濃門徒との強い結びつき
流浪時代に御影を下付された三河門徒や美濃安養寺(郡上)をはじめ、大坂拘様以来の支持ネットワークが「教如教団」を形成した。慶長5年(1600)には上野厩橋の妙安寺へ「真向御影」を贈り、同寺から親鸞木像(のちの東本願寺御真影)を迎えた。関東・東海に大谷派寺院が多い遠因として語られるのは概ね妥当だが、個々の寺伝レベルの逸話には伝説が混じる(大桑斉2013、同朋大学仏教文化研究所編2013)。
流浪時代に御影を下付された三河門徒や美濃安養寺(郡上)をはじめ、大坂拘様以来の支持ネットワークが「教如教団」を形成した。慶長5年(1600)には上野厩橋の妙安寺へ「真向御影」を贈り、同寺から親鸞木像(のちの東本願寺御真影)を迎えた。関東・東海に大谷派寺院が多い遠因として語られるのは概ね妥当だが、個々の寺伝レベルの逸話には伝説が混じる(大桑斉2013、同朋大学仏教文化研究所編2013)。