蒲生氏郷
がもう うじさと 1556〜1595
文武に秀でた信長・秀吉股肱の武将。会津の若松城(鶴ヶ城)と伊勢の松坂城を築きました。
ゆかりのお城
関わった合戦
蒲生氏郷の逸話
- 氏郷、会津に町をひらく
- 〈蒲生氏郷〉利休の遺児・少庵を匿い、千家再興に貢献した
- 〈蒲生氏郷〉洗礼名レオン — 本物のキリシタン大名だった
- 〈蒲生氏郷〉鶴ヶ城命名・「若松」改名・楽市楽座の町づくり
- 〈蒲生氏郷〉信長が一目で器量を見抜き「我が婿にせん」
- 〈蒲生氏郷〉「銀の鯰尾兜」で自ら先陣に立った
- 〈蒲生氏郷〉辞世「限りあれば吹かねど花は散るものを」
- 〈蒲生氏郷〉家臣をもてなすため自ら風呂を焚いた
- 〈蒲生氏郷〉会津移封は「秀吉が警戒して遠ざけた」
- 〈蒲生氏郷〉「氏郷がいては天下は取れぬ」と秀吉が恐れた
- 〈蒲生氏郷〉石田三成(または政宗)による毒殺
- 〈蒲生氏郷〉政宗の少年スパイ清十郎を忠義に免じて赦した
- 〈蒲生氏郷〉「安達が原の黒塚」の古歌で政宗を論破した