〈蒲生氏郷〉利休の遺児・少庵を匿い、千家再興に貢献した

天正19年(1591)の利休切腹後、子の千少庵は約1年半会津の氏郷のもとに身を寄せ、鶴ヶ城内に茶室「麟閣」が設けられた(現存・福島県指定重要文化財)。文禄3年(1594)、氏郷と家康の取り成しによる「少庵召出状」が表千家に現存。少庵の帰京が三千家成立につながったため、氏郷は「千家茶道の恩人」といえる。なお「利休七哲の筆頭」という序列自体は後世の茶書による。

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