山本勘助
やまもと かんすけ ?〜1561
武田信玄に仕えた軍師と伝わる人物。川中島の戦いで「啄木鳥の戦法」を献じたとされ、その戦いで討ち死にしたと語られます(実在をめぐる議論もあります)。
ゆかりのお城
山本勘助の逸話
- 啄木鳥の戦法・山本勘助
- 〈山本勘助〉明治24年、「勘助は実在しない」と断じられた
- 〈山本勘助〉1969年、視聴者の蔵から実在の証拠が出た
- 〈山本勘助〉2008年〜、真下家文書が「複数世代の菅助」を解明した
- 〈山本勘助〉子孫は「晴幸」「道鬼」を伝えていた
- 〈山本勘助〉川中島で壮絶な討死を遂げた
- 〈山本勘助〉『甲陽軍鑑』は勘助の子孫の覚書がもとになった
- 〈山本勘助〉啄木鳥戦法を献策した
- 〈山本勘助〉隻眼・跛足・色黒の異形だった
- 〈山本勘助〉今川に拒まれ、信玄に破格の待遇で迎えられた
- 〈山本勘助〉海津城(松代城)を縄張りした
- 〈山本勘助〉「摩利支天の再来」と呼ばれた
- 〈山本勘助〉由布姫(諏訪御料人)を守り、三条夫人と対立した
- 〈山本勘助〉首と胴を合わせた「胴合橋」