南部信直
なんぶ のぶなお 1546〜1599
陸奥の大名・南部氏を豊臣政権下でまとめ上げ、盛岡城の築城に着手した武将。九戸政実の乱を経て、近世大名としての南部家の基礎を固めました。
ゆかりのお城
南部信直の逸話
- 〈南部信直〉晴政の婿養子となったが、実子晴継の誕生で立場を失った
- 〈南部信直〉晴継急死後、「大評定」で当主に選ばれた
- 〈南部信直〉前田利家を取次に豊臣政権へ接近し、本領安堵を得た
- 〈南部信直〉九戸の乱——自力鎮圧を断念し、豊臣政権に鎮圧を要請した
- 〈南部信直〉死の直前の手紙は「ワカメが食べたい」だった
- 〈南部信直〉名護屋在陣中の「日本之つき合」書状
- 〈南部信直〉晴政が毘沙門堂参詣中の信直を襲撃した(暗殺未遂事件)
- 〈南部信直〉津軽為信の独立を「みすみす許した」
- 〈南部信直〉八戸政栄が直参の朱印状を辞退し、宗家を立てた
- 〈南部信直〉盛岡城の築城を計画し、南部家を近世大名に変えた
- 〈南部信直〉晴継の死は信直による暗殺だった(黒幕説)
- 〈南部信直〉「日本一の臆病者」と呼ばれた/自称した