〈南部信直〉晴継急死後、「大評定」で当主に選ばれた

天正10年(1582)、晴政死去の直後に晴継(13歳)が急死し、一門・重臣の評定で信直が第26代当主に決まった。家督が実際に信直へ移っている以上、大枠は史実。ただし九戸実親を推す声が多数だったこと、北信愛が「器量人に勝る」と主張し武装兵で信直を三戸城へ迎えたことなどの細部は『祐清私記』等の近世記録による伝承的描写で諸説の域である。

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