龍造寺隆信
りゅうぞうじ たかのぶ 1529〜1584
肥前を一代で切り従え「肥前の熊」と呼ばれた武将。沖田畷の戦いで島津・有馬勢に敗れて討ち死にし、以後の実権は重臣の鍋島直茂に移りました。
ゆかりのお城
関わった合戦
龍造寺隆信の逸話
- 肥前の熊と鍋島
- 〈龍造寺隆信〉主家・少弐氏を滅ぼした下剋上
- 〈龍造寺隆信〉蒲池鎮漣の謀殺と赤星の人質処刑
- 〈龍造寺隆信〉肥満のため六人担ぎの駕籠で戦場に赴いた
- 〈龍造寺隆信〉「五州二島の太守」として五か国を支配した
- 〈龍造寺隆信〉今山の戦い「大友軍6万に500で夜襲」
- 〈龍造寺隆信〉沖田畷の敗因は「慢心した暴君の自滅」
- 〈龍造寺隆信〉フロイスの「はなはだ暴虐な君主」評
- 〈龍造寺隆信〉鍋島直茂が龍造寺家を「乗っ取った」
- 〈龍造寺隆信〉「肥前の熊」と恐れられた
- 〈龍造寺隆信〉母・慶誾尼が評定に檄を飛ばし夜襲が決まった
- 〈龍造寺隆信〉家督は八幡宮の籤を三度引いて決まった
- 〈龍造寺隆信〉百武賢兼が涙して沖田畷への出陣を拒んだ