〈龍造寺隆信〉主家・少弐氏を滅ぼした下剋上

永禄2年(1559)の少弐冬尚自害は『北肥戦誌』『歴代鎮西志』等が一致して伝え、大筋は動かない。ただし先に龍造寺一族をだまし討ちで粛清したのは少弐方であり(1545)、少弐攻めは本家当主・胤栄の命で始まっている。「恩知らずの主殺し」と個人の野心のみに帰す語りは一面的である。

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