〈龍造寺隆信〉鍋島直茂が龍造寺家を「乗っ取った」

沖田畷後、病弱な当主政家に代わり、豊臣秀吉が直茂に肥前国政の実権を委ねる形が公認され(1587)、高房・政家死去(1607)を経て幕府が鍋島勝茂の佐賀藩主継承を追認した(1613年頃)。合法的・段階的な政権移行であり武力簒奪ではない。「鍋島化け猫騒動」は江戸後期の講談・歌舞伎の創作で史実ではない。むしろ重要なのは、この鍋島体制下の編纂物が隆信の「暴君」像を作った可能性である。

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