服部正重
はっとり まさしげ 1580〜1652
服部半蔵正成の次男。徳川秀忠の小姓、家康の近侍を経て、関ヶ原での抜け駆けにより大久保長安に預けられ、その娘婿として佐渡金山の政務に従事。長安事件に連座して改易後、越後村上藩で約29年仕え、晩年に桑名藩の上席年寄2000石として家名を再興した。
ゆかりのお城
服部正重の逸話
- 〈服部正重〉兄正就は伊賀同心の「ストライキ」で失脚した
- 〈服部正重〉村上藩で「藩主一族並み」の厚遇を受け、29年仕えた
- 〈服部正重〉「服部半蔵家は幕末まで続いた」の実像
- 〈服部正重〉関ヶ原前夜、家康から直々に盃を賜った
- 〈服部正重〉抜け駆けの一番首で勘気、結城秀康が取りなした
- 〈服部正重〉長安事件で「関わりなし」とされながら、出雲崎の出迎えで改易
- 〈服部正重〉甥の家臣・長嶋五左衛門が甲州の正重を探し出した
- 〈服部正重〉家康拝領の名槍「平安城長吉」を藩主の子に献上した
- 〈服部正重〉父・鬼半蔵直伝の戦闘術
- 〈服部正重〉「改易後は越後三藩を流浪した」は誤り
- 〈服部正重〉能楽師・大蔵庄左衛門と同一人物だった説
- 〈服部正重〉「松尾芭蕉は服部半蔵だった」説と正重
- 〈服部正重〉佐渡・両津湊の屋敷と「村雨の松」