〈服部正重〉関ヶ原前夜、家康から直々に盃を賜った
初出は『干城録』『伊賀者由緒書』。家康が父祖の武功を称え「若く健気だから危険なことはするな」と諭したという。徳川譜代の由緒書に基づく話で、細部は家伝的潤色の可能性が高い。なお『干城録』はこの時の正重を「17歳」とするが、天正8年生まれなら関ヶ原時は21歳。17歳は父正成死去時の年齢に当たり、由緒書系史料の年齢記載の混乱として知られる。
初出は『干城録』『伊賀者由緒書』。家康が父祖の武功を称え「若く健気だから危険なことはするな」と諭したという。徳川譜代の由緒書に基づく話で、細部は家伝的潤色の可能性が高い。なお『干城録』はこの時の正重を「17歳」とするが、天正8年生まれなら関ヶ原時は21歳。17歳は父正成死去時の年齢に当たり、由緒書系史料の年齢記載の混乱として知られる。