本多正純
ほんだ まさずみ 1565〜1637
徳川家康の謀臣・本多正信の嫡男。駿府の大御所政権で年寄・出頭人として内政外交の実務を握り、家康没後は秀忠政権の年寄に列した。元和8年(1622年)、いわゆる宇都宮釣天井事件で改易され、出羽横手で13年余の幽閉の末に没した。最後まで潔白を主張し続けたと伝わる。
ほんだ まさずみ 1565〜1637
徳川家康の謀臣・本多正信の嫡男。駿府の大御所政権で年寄・出頭人として内政外交の実務を握り、家康没後は秀忠政権の年寄に列した。元和8年(1622年)、いわゆる宇都宮釣天井事件で改易され、出羽横手で13年余の幽閉の末に没した。最後まで潔白を主張し続けたと伝わる。