菊池義武
きくち よしたけ 1505〜1554
豊後の戦国大名・大友義長の次男に生まれ、永正17年(1520)、16歳で肥後の名門・菊池氏の家督を継いだ。のち実兄・大友義鑑と決裂して挙兵と亡命を繰り返し、天文23年(1554)、甥・大友義鎮(宗麟)の帰国誘引に応じた途上、豊後国直入郡木原で自害。菊池則隆以来500年続いた肥後菊池氏は、この死をもって名実ともに滅亡した。
きくち よしたけ 1505〜1554
豊後の戦国大名・大友義長の次男に生まれ、永正17年(1520)、16歳で肥後の名門・菊池氏の家督を継いだ。のち実兄・大友義鑑と決裂して挙兵と亡命を繰り返し、天文23年(1554)、甥・大友義鎮(宗麟)の帰国誘引に応じた途上、豊後国直入郡木原で自害。菊池則隆以来500年続いた肥後菊池氏は、この死をもって名実ともに滅亡した。