〈菊池義武〉兄・義鑑との決裂と第一次挙兵(1534)

大内義隆・相良氏と結んだ反抗は大友・大内間の抗争史料や『戦国人名事典』で確認できる。ただし決裂の「理由」(不仲、大友家督への未練、筑後領有の野心など)は史料で確定できず諸説。近年研究は、弟が「肥後支配の道具」から自立的権力に転化したことへの義鑑の危機感を重視する。

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