北条高広

きたじょう たかひろ 1517〜?

越後の国衆として長尾(上杉)氏に仕え、天文23年(1554)と永禄10年(1567)の二度にわたり謙信から離反しながら、二度とも帰参を許された。永禄6年(1563)からは上野厩橋城代として謙信の関東経営を担い、御館の乱では景虎方として戦う。乱後は武田・織田(滝川一益)・後北条・上杉の間を転々とし、天正15年(1587)を最後に史料から姿を消した。

ゆかりのお城

北条高広の逸話