〈北条高広〉二度離反しても謙信に許された
天文23年(1554)の武田内通と弘治元年(1555)の帰参、永禄10年(1567)の後北条方への離反と永禄12年(1569)の帰参は、『上杉家文書』『歴代古案』所収文書や後北条氏発給文書など一次史料で裏付けられる史実。軍記『北越軍談』等でも語られる。
天文23年(1554)の武田内通と弘治元年(1555)の帰参、永禄10年(1567)の後北条方への離反と永禄12年(1569)の帰参は、『上杉家文書』『歴代古案』所収文書や後北条氏発給文書など一次史料で裏付けられる史実。軍記『北越軍談』等でも語られる。