石川数正
いしかわかずまさ 1533〜1593
徳川家康の重臣から豊臣秀吉に仕えた武将で、松本藩の初代藩主です。松本城の近世城郭としての整備を始め、現存する天守の礎を築きました。
ゆかりのお城
石川数正の逸話
- 泰平の月見櫓・松本城
- 〈石川数正〉人質交換で家康の妻子を奪還した
- 〈石川数正〉三河一向一揆で宗旨を捨てて家康に付いた
- 〈石川数正〉天正13年11月13日の出奔そのもの
- 〈石川数正〉数正出奔で徳川軍制が武田流に改められた
- 〈石川数正〉松本城天守は数正・康長父子が造営した
- 〈石川数正〉秀吉調略説
- 〈石川数正〉家中孤立説(和睦派孤立説)—— 現在最有力
- 〈石川数正〉岡崎派没落説・待遇不満説
- 〈石川数正〉文禄の役の陣中(肥前名護屋)で病没した
- 〈石川数正〉竹馬の「一本の足は数正、もう一本は忠次」
- 〈石川数正〉於大の方遺恨説
- 〈石川数正〉家康密命の内通偽装説(スパイ説)
- 〈石川数正〉家康に「新しい松本城を見に来られたし」と書状を送った