〈石川数正〉岡崎派没落説・待遇不満説

信康事件(1579)後に数正を筆頭とする岡崎衆の政治的地位が浜松衆に対して低下したとする説(説3)と、一向一揆時の父の離反で大功にもかかわらず嫡流格を叔父・家成系に譲らされた身分的不遇を根に持ったとする説(説4)。いずれも説2と重なり合う「構造的孤立」の説明であり、複合的に論じられることが多い。

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