〈石川数正〉三河一向一揆で宗旨を捨てて家康に付いた

永禄6〜7年(1563〜64)、一向宗門徒の名門である石川一族の多く(父・康正を含む)が一揆方に付く中、数正は改宗して家康方に残った。典拠は『三河物語』および石川氏系譜類。この一件で嫡流格が叔父・家成系に移り、「功績に見合わぬ傍流」に置かれたことが後年の出奔動機の一つに数えられる。

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