秋月種長
あきづき たねなが 1567〜1614
筑前の戦国大名・秋月種実の嫡男。九州平定で父と共に豊臣軍に抗して敗れ、日向財部(高鍋)3万石へ転封。朝鮮出兵に従軍し、関ヶ原では西軍として大垣城に籠もるが、本戦後に東軍へ内応して所領を安堵された。高鍋藩の藩祖として、慶長19年(1614)に没した。
ゆかりのお城
秋月種長の逸話
- 〈秋月種長〉父と共に島津方として豊臣軍に抵抗した
- 〈秋月種長〉日向財部3万石へ転封——当初の居所は串間
- 〈秋月種長〉垣見一直とは朝鮮以来の同僚だった
- 〈秋月種長〉西軍として大垣城三の丸を守備した
- 〈秋月種長〉内応の対価としての所領安堵——高鍋藩の出発点
- 〈秋月種長〉弟・高橋元種との生涯にわたる連携
- 〈秋月種長〉生年は永禄10年(1567)
- 〈秋月種長〉朝鮮出兵——蔚山城の戦いでの戦功
- 〈秋月種長〉「三人組」の寝返りと西軍諸将の謀殺——種長主導か
- 〈秋月種長〉婿養子・種貞の廃嫡と外孫・種春への継承
- 〈秋月種長〉娘・昌千代の英彦山「女座主」
- 〈秋月種長〉降伏物語の細部——諫死・一夜城・「十石でも」
- 〈秋月種長〉内応時の種長の「台詞」