佐久間信盛
さくま のぶもり 1528〜1582
尾張国愛知郡山崎に生まれ、織田信秀・信長の二代に仕えた宿老。稲生の戦い、桶狭間、上洛戦、対本願寺戦と織田家の主要な戦役をほぼすべて歴任したが、天正8年(1580)、石山合戦終結の直後に19ヶ条の折檻状を突きつけられ、嫡男信栄とともに高野山へ追放された。天正10年(1582)1月16日死去、享年55。
ゆかりのお城
佐久間信盛の逸話
- 〈佐久間信盛〉信秀時代からの最古参で、信長の家督相続を支えた
- 〈佐久間信盛〉刀根坂の「口答え」事件
- 〈佐久間信盛〉19ヶ条の折檻状 — その中身
- 〈佐久間信盛〉「退き佐久間」— 殿軍の名手
- 〈佐久間信盛〉三方ヶ原で平手汎秀を「見殺し」にした
- 〈佐久間信盛〉本願寺攻め司令官の5年間は「無為」だったか
- 〈佐久間信盛〉追放の真因(1)怠慢説
- 〈佐久間信盛〉追放の真因(3)本願寺との内通疑惑説
- 〈佐久間信盛〉追放の真因(4)組織改革説 — 谷口克広
- 〈佐久間信盛〉「高野山にも居られず熊野で窮死」は本当か
- 〈佐久間信盛〉信栄の赦免と「信長の後悔」
- 〈佐久間信盛〉「無能な老臣」像の再検証
- 〈佐久間信盛〉追放の真因(2)光秀の讒言説