相良義陽さがら よしひ 1544〜1581肥後の人吉を本拠に、球磨地方を治めた相良氏の当主。島津と大友のはざまで家を保とうと苦心しました。ゆかりのお城人吉城(当主)相良義陽の逸話〈相良義陽〉相良氏700年の球磨支配と『相良家文書』〈相良義陽〉遺児たちと相良氏の存続 — 死は無駄ではなかった〈相良義陽〉読みは「よしひ」?〈相良義陽〉将軍から「義」の字をもらい、大友・島津が猛抗議〈相良義陽〉大口城の攻防 — 赤池長任の奮戦〈相良義陽〉降伏直後に「盟友を討て」と先鋒を命じられた〈相良義陽〉甲斐宗運との「不戦の誓い」と誓書焼き捨て〈相良義陽〉響ヶ原の「義死」— 動かずに討たれた真相〈相良義陽〉近衛前久の来訪に感動し、臣下の礼を取った〈相良義陽〉宗運は首を見て落涙し「阿蘇も三年で滅ぶ」と予言した〈相良義陽〉出陣時の凶兆 — 旗が楠に絡み、旗竿が折れた