成瀬正成
なるせまさなり 1567〜1625
徳川家康に仕えた武将で、犬山城主・成瀬家の初代です。以後、成瀬家は江戸時代を通じて犬山城を守り続けました。
ゆかりのお城
成瀬正成の逸話
- 〈成瀬正成〉長久手の初陣で敵陣一番乗り
- 〈成瀬正成〉「家康の傍らに葬ってくれ」— 日光埋葬の遺命
- 〈成瀬正成〉兜首ひとつで500石と脇差を賜った
- 〈成瀬正成〉秀吉に「5万石で欲しい」とスカウトされ涙で拒否
- 〈成瀬正成〉犬山拝領 — 誰から貰った城なのか
- 〈成瀬正成〉初葬地は船橋の宝成寺だった
- 〈成瀬正成〉家康への起請文を拒否した
- 〈成瀬正成〉大坂城の堀埋めと「総堀とは総ての堀のこと」
- 〈成瀬正成〉臨終の言葉に土井利勝が泣き、家光は3日間政務を止めた
- 〈成瀬正成〉スカウトは小牧・長久手の合戦中だった
- 〈成瀬正成〉「家康の遺命」で日光に葬られた
- 〈成瀬正成〉死の床で「日光へ行く」と言って聞かなかった
- 〈成瀬正成〉「木曽の山川共に拝領」— 聞こえないふりの頓知
- 〈成瀬正成〉家康と「同じ日に生まれ、同じ日に死んだ」君臣