飯富虎昌
おぶ とらまさ 1504〜1565
甲斐源氏庶流・飯富氏の当主。武田信虎に一度反旗を翻すが臣従して譜代家老となり、信虎追放では晴信(信玄)擁立に加担。信濃侵攻の最前線を担い、嫡男義信の傅役も務めたと伝わる。永禄8年(1565)、義信を擁する謀反の企てが露見したとして生害。享年62と伝わる。
おぶ とらまさ 1504〜1565
甲斐源氏庶流・飯富氏の当主。武田信虎に一度反旗を翻すが臣従して譜代家老となり、信虎追放では晴信(信玄)擁立に加担。信濃侵攻の最前線を担い、嫡男義信の傅役も務めたと伝わる。永禄8年(1565)、義信を擁する謀反の企てが露見したとして生害。享年62と伝わる。