〈快川紹喜〉六角義定らを匿い、引き渡しを拒否した

甲州征伐後、快川は佐々木次郎(六角義定)、三井寺上福院、大和淡路守ら信長の敵対者を匿い、織田信忠の引き渡し要求を拒否した。『信長公記』天正10年4月条に恵林寺焼き討ちと僧衆殺害の記事があり、事件自体は同時代史料で確認できる。寺院のアジール性(聖域観念)を背景とする理解が近年の通説。なお匿った人物を父の六角承禎とする辞書類もあり、父子で表記が揺れる。

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