〈小山田信茂〉小山田氏は「家臣」ではなく半独立の国衆だった

都留郡で独自の文書発給・関所支配・寺社政策を行い、代替わり安堵状や「月定」朱印など独自の支配体系を維持した。丸島和洋『郡内小山田氏』(2013)が文書史料で実証。ただし信茂期には譜代家老衆に準じた扱いも受けており、「国衆」と「重臣」の二重性格が離反劇の伏線となる。

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