〈伊集院忠棟〉剃髪して「幸侃」となり、自ら人質として降伏し島津家を救った

1587年、剃髪入道して幸侃と号し、自身を人質として秀吉に降り島津家の赦免を願い出た経緯は島津家文書・豊臣側史料で確認できる。義久も泰平寺で降伏し薩摩一国を安堵された。「忠棟のおかげで島津家が残った」かどうかは解釈で、諸説の域にある。

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