〈仁科盛信〉高遠の桜は将士の血を吸って赤い——「血染めの桜」

後世の付会である。高遠城は明治4年(1871)に取り壊され、桜は明治8年(1875)頃、旧藩士たちが城下の桜の馬場から移植したもの——つまり落城の約300年後。「タカトオコヒガンザクラ」の命名も平成2年(1990)で、赤みの強い花色という生物学的特徴が伝説を生む土壌になった。伊那市やさくら祭りの公式説明に「血染め」由来の記載はない。

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