〈伊集院忠棟〉耳川の戦い(1578)で渡河禁止令を破り損害を招いた
義弘の著とされる『惟新公自記』のみに載る孤立記事。他史料に対応する記述がなく、渡河部隊に伊集院勢の名がなく、処罰の形跡もない。忠棟殺害後に書かれた回想である点からも、事後的な悪評の付加と見る研究者が多い。耳川の戦い自体(釣り野伏せによる大勝)は史実。
義弘の著とされる『惟新公自記』のみに載る孤立記事。他史料に対応する記述がなく、渡河部隊に伊集院勢の名がなく、処罰の形跡もない。忠棟殺害後に書かれた回想である点からも、事後的な悪評の付加と見る研究者が多い。耳川の戦い自体(釣り野伏せによる大勝)は史実。