〈金森可重〉長屋氏からの養子入り——実父は誰か
天正8年(1580)に長近の養子となったこと自体は諸系譜が一致する。実父は通説では美濃垂井城主・長屋景重(『鎌倉流長江長屋氏綜覧』所収の長屋氏諸系図)だが、『断家譜』『金森家譜』『東武実録』は伊東治明とする。『井波町史』には井波瑞泉寺に金森氏の落胤がいたとする記事もあり、出自伝承は一本化されていない。初出文献は『金森家譜』ほか各家譜類。
天正8年(1580)に長近の養子となったこと自体は諸系譜が一致する。実父は通説では美濃垂井城主・長屋景重(『鎌倉流長江長屋氏綜覧』所収の長屋氏諸系図)だが、『断家譜』『金森家譜』『東武実録』は伊東治明とする。『井波町史』には井波瑞泉寺に金森氏の落胤がいたとする記事もあり、出自伝承は一本化されていない。初出文献は『金森家譜』ほか各家譜類。