〈大久保忠世〉『三河物語』の顕彰バイアス
末弟・彦左衛門が子孫のために書いた『三河物語』(元和8年〈1622〉頃成立)は、「忠節一筋に働きながら一族は報われない」という不満が全編を貫く私撰の書で、大久保一族(特に忠世・忠佐)の功は相対的に大きく描かれている可能性が高い。一方で著者自身が多くの合戦に従軍した当事者であり、都合の悪い敗戦も記すなど、同時代証言としての価値は高い。「三河武士の忠義と武辺の体現者」という忠世像は本書によって定着した。
末弟・彦左衛門が子孫のために書いた『三河物語』(元和8年〈1622〉頃成立)は、「忠節一筋に働きながら一族は報われない」という不満が全編を貫く私撰の書で、大久保一族(特に忠世・忠佐)の功は相対的に大きく描かれている可能性が高い。一方で著者自身が多くの合戦に従軍した当事者であり、都合の悪い敗戦も記すなど、同時代証言としての価値は高い。「三河武士の忠義と武辺の体現者」という忠世像は本書によって定着した。