〈仁科盛信〉「武田家最後の名将」と呼ばれた

甲州征伐で本格的抗戦をしたのが事実上高遠城のみだったことは『信長公記』からも確認でき、評価の骨格は史実。ただし「最後の名将」という英雄的呼称は、高遠藩の新城神顕彰(1831)、県歌「信濃の国」(1899)、近代の講談・読み物を経て定着した、武田贔屓の追悼的評価である点は意識したい。

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